小学生が会社をつくり製品開発をするシミュレーション授業を見た。「誰のために?何を創るのか?もうけはどのくらい出そうか?信頼はどのくらい得られそうか?どう社会貢献していくのか?」方向性を一生懸命に議論している。
このようなバランスの良い教育を受けているこどもたちにとって、今の科学技術の世界は果たして魅力的なものか?悲惨な現状をかいま見ている身として、ふと疑問が湧いた。
ノーベル賞の連続大量受賞で、傍目には、「科学技術は人類のためになる」ように見えるだろうか。「今やっている自分の好きなことをとことんやっていけば社会に貢献する」ように見えるだろうか。
そう信じて憧れてその世界に入ったところで、理想と乖離した実態を見れば、そこに残りたいという人がいなくなる、というのが現実ではないだろうか。
そんなところに魅力を感じない若い人が多いというのが現実ではないのか。単に成果だけ結果だけ数字だけを評価している当然の結果だろう。これはどの世界でもいえることなのだが、どうも科学技術の人たちは、自分たちは偉くて例外だと思っている節がある。
極端に論理性を崇拝すれば人間が偏る。もともと人よりモノやデータ重視の性向のある人間たちだから、力を入れるべきは理数教育(これがなければ話にもならないが)より、むしろ人間力のほうだ。理数に特化ではますますバイアスが大きくなる。発想を逆にすべきだろう。
得意な領域では、より高い課題を与えれば放っておいても喜んでチャレンジするものだ。その前に圧倒的に発達させなければならないものは、人間力だ。人間の基本、これが圧倒的に欠けている。人間としてより豊かな子どもたちは、そんな大人たちの世界に魅力を感じようはずがない。人間力を磨かないひずんだ大人たちのつけが回ってきているということだ。しかし人間力がない大人たちにはそのことが理解できない。理解できない人は人間力がない。このことは、話を持ちかけてみればすぐにわかるので試してみるといい。
科学技術離れの源は、人である。こどもたちは今の「偉い人」たちよりよっぼど賢く敏いのである。
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