漢検協会、どうやらずいぶんなことをやってきたようすだ。文科省は、事態がこの規模、この額に至るまで放置同然だったということであろう。
補助金の適正化法というのがある。
補助金を受ける組織の長は、その補助金の交付目的のために、補助金を公正にしかも効率的に利用する義務があるし、補助事業者は、誠実に補助金を使う義務があることが、法律で定められているのだ。補助金は、国民からの貴重な税金を財源としているからだ、と明記してある。
やたらコンプライアンスが叫ばれて部屋だけはつくられているようだ。が、明らかな研究費の不正流用や不正使用しか対象にしようとしていないのは、部屋をつくった理由や扱う内容の説明をみればすぐにわかる。そんなことで実効性はあるのだろうか?
優秀な人材を遊ばせておいたり、不適切人材に能力に見合わない不当な高給を払って税金をどぶに捨てていたりする、そんなことが横行しているが、空出張や私的な預金口座にプールすることとどれだけ違う「公正で効率的で誠実な補助金の使用」なのか。これは、遵法なのか?
ジャガイモを放っておいたら、いつの間にか芋じゅうに芽が出ているのに気がついて、おぞましさにぞっとした経験、しまったと思った経験をしたことがある人はそれは大勢いることだろう。その芽は有毒だから、見た目も作用も、ちょっと、恐ろしい。
補助金はまさにこの芋にあたる。補助金まわりの毒の芽は今この瞬間も、あちらこちらで放置されている。
芋は毒の芽を深くえぐってしまえばあとは食べられる。優秀で有能な文科省は、芋が真っ青になって毒が全体に回り貴重な栄養源をだめにしてしまうようなことにならないよう、事態把握にもっと努力し、毒の芽を厳しくえぐる監視と懲罰を強化する必要がある。それには、すべての事業単位の「上層部」から意見を聞いているだけではだめだ。上層部が問題なのだから。現場にアンテナを張り、微弱な、しかしきわめて重要な有意シグナルを検知できないコンプライアンス室そのものが税金の無駄。文科省や関連組織の目安箱も同じこと。なんの意味があるだろう。
小さなことを放置すればいずれ深い傷になる。そしてすでに傷だらけなのだ。水際よりかなり沖で現状をきっちり把握し、まともな補助金の使い方がなされるよう、もっと目を開けてものごとの進捗と人とを観、耳をそばだて、頭を使って工夫すべきだ。
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