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こどもたちが「今年の漢字」をそれぞれ選んで、ひとこと添えている。自分らしさ溢れる選択をし、しっかり理由を書いている。

新しい社会に入ることになったある子どもは、「新しい扉をどんどん開ける」と言いきって、迷いがない。今を生きるエネルギーそのものだ。

ほとんど時を同じくして、あるヘラクレス上場企業の社長が次々と新しい扉をあけてきた話をきいた。「何も考えずに」開けた扉のむこうにあったものに真剣に向き合ってきたことが結果を作ってきたのだ。「何も考えずに」、でもたくさんのことを考えたはずだ。毎日が想定外のトラブルばかりだというからには。

真摯にやるべきことに向き合い、実行する。こういう人の「人」として密度の高さ、比重の大きさ、存在の場の濃密さは並大抵ではないが、一見してはわからないものだ。中身のない人間ほど、見栄と権勢を張りたがり、上っ面だけ立派に飾ろうとするものだ。

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序列

物事をさっさと運ぶのに便利だったのかもしれないが、いまや序列を「守る」で紛糾し、優れた中身より大事になってしまったとなっては、いかにも本末転倒だろう。

くだらない序列主義と序列談義につきあわされるのはごめん被りたいものである。

愚かな伝統は断ち切ることだ。

愚か者ほど序列が好きである。

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賭け

この世界が苦境のただなかにある時代、物事を本気でやる気があるのかどうか、真意と資質が厳しく問われている・・・というのに、そういうことがてんでわからないらしい層がある。気がつきもしないようだが、白黒どちら転ぶのか、常に密かに試され続けているのだ。

黒ならば淘汰。もっとも、誠意をもって万事を尽くしている人びとが感知するところではない。

白ならば、救急救命室で一命をとりとめるかもしれない・・・優秀な救急救命チームがいれば。

この賭けのオッズは、さて。

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道案内

先の金曜日、仕事帰りに、背の高い若い人に呼び止められた。

先だっての週末は、センター試験追試だったのだ。

「試験会場はどこですか?」

どこといわれても。いろいろ話して漸く、彼のめざす建物がわかった。迷わないように下見にきたんだ。

「その建物なら、あちら。がんばって」

あなたがこれまでやってきたことが結果にでるだけのこと、なのだけれど。ハドソン川の奇跡のように、ランディング成功と相成りますように。彼のために祈った。

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利己の逃走

風花のようにちらほらと、移動の話がおこって聞こえてくる。

いささか冷ややかに受け止められている人あり。人のためという言葉が嘘に聞こえるやりかたを再三してきたために、かかわった人たちが静かに腹を立てているからだ。

お題目と実行動があまりに矛盾し、無責任さと悪行を公然と指摘されたことに耐えられず、逃げ出す人あり。行く先は同類のいるところなり。しばしはさぞ心強いことだろう。

利己的偽善者は逃走し、しばし安泰を決め込めるだろう。だがいずれ、馬脚を顕し、すばらしい正当な報いを受けることだろう。幸運を祈る。

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至福

喜び事があったので、外で家族でお祝いをすることに。

最近知ったトラットリアは、全ての料理が外れなしの絶品だった。

美味なるものを少しずつ。がコンセプト。いつもならすぐに退屈するこどもも、珍しく饒舌だ。それは楽しそうにいろいろなことを話し出す。

お店の人も嬉しそうだった。他の家族も楽しそうだった。薪釜の中の焔と、窯の内側の天井に沿って雲のような層をつくっている煙が見える。暖かい。

肌を刺し身を切るような冷たい風の真冬に、家族でこうして暖かく楽しく過ごせるとは、なんという至福だろう。新しい生活がまもなく始まる。新たな局面がまもなく目前に広がるのだ。家族と以前からの友人との関係が新たな形で温かに発展していく。

至福だ。

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人柄の味

駅の階段を上がると少し開けたスペースがあり、たこ焼き屋さんがよく来ている。

家人は根っからの関西人。たこ焼きは大好きで、よく買って帰ってくる。しかし私は初めてそのたこ焼き屋さんを傍で見た。

意外なことに、Yシャツにネクタイにエプロンといういでたちだった。おじさん、こちらの話をにこにこしながら黙ってききつつ、たこ焼きをパックに詰める。

バスに乗り込んで帰宅。家族で食す。格別冷え込んだ風の冷たい夜で、買ってから10分以上経っていただろうと思うが、中はまだ、熱かった。外はかりっと、中はとろっと、ソースとショウガがぴりりと利いて、屋台のおじさんの人柄が仕込まれているような気がした。

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福音

人種や文化や宗教や信条の多様性の未来を創っていくだろうオバマ大統領が就任したその日、子どもも、新しい社会の一員として、さまざまなバックグラウンドをもつ誰もが対等に迎えられるというメッセージを受け取った。

このような福音が、ほかのどこできかれようか。親として私たちもこの福音に触れ携わっていけることを誇りに思う。私たちには未来があり、旧弊を粉々に打ち壊し明るさと尊厳に満ちた生を誰もが実感できる世界が開けている。私たちがそれを創るのだ。ただただ美辞麗句で飾り立てた空疎なお題目を唱えているのではなく、現実に。

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敬われる老い

仕事で訪ねた先にあるカフェの大テーブルで昼食をとろうとしていたら、隣に、70代とおぼしき女性が座られた。大テーブルの真ん中には、蘭の花が入ったガラス容器が整然と並んでいるのをみて「本物かしら」と声をかけてこられたのである。

60過ぎてから田舎にいっても、いいことはない、とおっしゃる。しかし、環境の変化に合わせて自分も変わろうとされているのだ。

ご夫君は、故郷なので、町の役職を掛け持ちして、たいそう忙しくしてこられたそうだ。おまけに、PCスキルがあるので、みんなが頼ってくるそうだ。77歳にしてこれからまた4年、役職を務めるという。そのようなご高齢でも、変革に前向きで、現実に合わなくなった田舎の慣習を改めてこられたという。

なんと素晴らしい老い方であることか。

13時になった。私が席を立つとき、「話しかけて、ごめんなさいね」と詫びられた。詫びられるようなことでは断じてない。こちらが感謝したい気持ちだった。私は、たいそう満ち足りた気分になったのだ。

こういう老い方を知らない人は、小さい、哀しい。過去に生きる姿に卑小さ、矮小さが出る。私自らは、そんな反面教師になるのは御免である。敬われる老い方をしたいと思う。

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みんなのマイルストーン

ほぼ一月ぶりに、学び仲間たちとの再会。講師もまじえて楽しく、栄養をもらった。

目標は同じだが、みんなそれぞれ事情が異なり、ペースも道筋もいろいろだ。

これは至近にある共通のマイルストーンで、いわば結び目みたいなもの。道はまだまだいくらでも、その先につながっている。その先のマイルストーンは、色も形もとりどりで、ある時にはまた結び目になり、またほぐれていくのだ。

その進展をフォローしていこうと決まった。緩やかに、それぞれに時折邂逅を楽しむことになるだろう。

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偽ブランドと目利き

研究助成の選考に関して、「目利き」の重要性を述べた記事がある。

もっともなことだ。現状のていたらくは一体、何事か。「偽ブランド」と検査ミスが多すぎる。

記事にもあったとおり打率10割の目利きはありえない。そんなことは常識、分かり切ったことだ。そんなことは研究助成に限ってことではない。何にだってリスクもあればハズレもあるのだ。肝心なことは、研究助成は税金だということ。だから、ハズレを未然に防ぐために普段から何ができるか、そして、ハズレだったらどれだけ迅速に対処するのか、だ。

象牙の陳列棚に偽ブランド品ばかりが並んでいる店がある。早急に一斉摘発すべき。もっとも、偽ブランドに偽ブランドが鑑定できるはずもないだろうけれど。

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確信

本を読んだ。文化の多様さと自律する個性を重んじる学校で。本は、日本とあるアジアの国にかかわる話になった。彼の地では聖母マリアがしっくいで塗りつぶされたという消息が主人公に届く。そして、聖母マリアらしき姿がそこから遠いある地の彼の前に現れる

その後、街に向かった。仲間うちで集まるために。その場所は、子どもにすてきな賞を授けてくれた新聞社のビルの一隅。

日本と外国、聖母マリア、尊重し等しく認めること、場所、時、そしてそこにある思い・・・これらすべてが環のようにつながって感じられたのだ。予感が確信になる、とても不思議な感覚。

そして、今日、確信は現実として姿を見せてくれた。私の勘に、狂いはなかったのだ。

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子どもの発見

公園で、子どもたちが闘いごっこをしている。必殺技は。

 「トヨタショーック!」

なのだと、愛知の知人が教えてくれた。

無邪気な子どもたち。意味がわかっているのかいないのかはしらないが、実によく、大人を観ている、感じている。ちいさき人の発見能力は侮りがたい。愚者にはわかるまいが。

ワークシェアリングを行う企業が出てきたのは、社会の安全と安定、子どもたちの成長にとって大いに寄与するだろう。痛みを分かち合うその人たちは、まさに人が人たりえるゆえんを、人としての高潔さを実感体得することになるだろう。そういう人たちが身近にいるこどもたちは、人として真に高潔な人へと育っていくだろう。

しかしながら、企業や庶民だけが大きな痛みの軽減に懸命に必至に努力し負担しているという構図は、おかしすぎる。補集合部分はどうだ? あぐら層とそのこどもたちには、人として育つ余地がない。それらに早急にメスを入れるのが、国として、組織として、長と呼ばれる者としての責務だろう。ちっぽけな手みやげでご機嫌をとるのではなく。また、メディアの責任でもあるだろう。社会的不正をペンの力で鋭くえぐるのが。そして、非は非だ。声を上げる個人の責任でもあるだろう。ひとりひとりでは弱く強者に揉み消されるかもしれないが、エビデンスを集めれば、それはそれは大きな力になる。こうしたことを積み重ねる姿をこどもたちに見せてこそ、正義と公正の社会、安心し安定した社会が培われるのだ。

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労い

健康な心身にて試験に臨み、楽しみ、疲れて眠ったこどもたちへ。

Well done! あなたたちは素晴らしい。今日、元気でちゃんと試験を受けられた。そのことだけで言うことなし。

ゆっくりお休み。

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奇跡を生むもの

帰宅したとたん、「ニューヨークのUSエアウェイズ飛行機 ハドソン川着水、全員救出」のニュースが目に飛び込んできた。驚き、安堵し、感嘆した。

飛行機事故だけに、緊迫した事態を考えると不適切に聞こえるとは思うが、なんと素晴らしい。機長も、クルーも、ハドソン川で連携して救助活動をした人たちも。

暗くなりがちな世相の中で心が沈みがちな人びとを、危機を乗り越えられそうな気にさせる、そんなニュースだ。人びとが、胸をなでおろし、ほっとし、知らない誰かの生還を喜び合う。知らない誰かのために、一生懸命に、ただひたすら、無心に何かができる。そんな人の純粋さ、善良さ、生きる強さのある営みの輝きを感じる。今日の危機も、無心に連携すれば、明日は乗り越えられるかもしれない。

今日の奇跡は、機長のプロフェッショナリティこそがなしえたものだ。どんなに慣れていても、慢心せず、毎回飛行前には、初心の如くマニュアルを精読することができる。そんな資質を持った人こそが、危機に冷静に対処でき、判断を誤らない優秀な機長になれるのだから。

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マザーのこころ

ワーキングマザーも多いPTAの役員さんたち。みんな日程をやりくりして、交替で月1回の○○部会に出てきている。

今日はもう試験が間近に迫り、受験生たちのおかあさんたち、部会後、その話題でもちきりだった。

受験の是非や学校を休んで当然の風潮はともかくとして、子どもを気遣っている。

自らの意志で選んで受験するのなら、子どもたちが全員、希望のところに決まり、次の部会でみんなにこにこできると、ほんとにいいね。。

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社会の元気

安藤忠雄さんが、二世社会と天下り社会に警告を発している。そんな社会には元気がない、と。メディアは、政治と企業に対する警告として受け止めたようだが、これは、すべての組織にいえることだ。

二世社会とは広義に解釈すれば、子飼いの重用社会、天下り社会とは広義に解釈すれば、レッテル崇拝社会である。それらの共通項は、「内輪の盛り上がり」。周りは、それはそれは白けることだろう。

自分のまわりがそういう世界になっていないか、そういう世界に加担していないか、自己満足に陥り本来の目的を忘れ去ってはいないか、追従していないか。常に自己点検を怠らない。自己診断はすぐにできる。同じ主張でも、著名人になら納得し、無名な諸子には目もくれないというのなら、二世社会と天下り社会の申し子。そんな者がいう紛争解決や相互理解といった表向きの主張は、空疎な虚言でしかない。

リーダーはチームから実力で選べと安藤さんはいう。実際問題そのとおりである。途中で変わってもよい。本来の目的がなんなのか、きちんと理解し、また考えようとし、しかも実行できる人たちに力を与える必要が常にある。その人たちは、くれぐれも、頭の上についたお飾りに目をくらまされることがないよう、気をつけたい。

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招福

大阪は商売の町。新春の3日間、えべっさんなのである。

いってきましたとも。そして皆さんの招福を祈って参りました。

全く容認し難い輩にも情けをかけてきましたが。天に通じて、本来報いられるべき人たちが正当に報いられますように。

我ながら誇りに思うえべっさん詣でであったこと。

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符合

とても不思議な感じがするものだ。

ある本を読み始めたら、自分の周りで起きていることとの符合が次々と現れるとなれば。その作家の波長が近いのか、それとも普遍的なことの中にいる自分を発見しただけなのか。

これほど引き込まれたのは久々だ。

暫くその世界を探検しよう。そう思っている。

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クール・ジャパンで起死回生

クール・ジャパンの記事を読んでいたら、どうやら知っている会社に縁があるのではないかと思えてくる一節があった。

経営コンサルにさんざんこきおろされたこともある、事業転換・体質転換いまひとつの業界なのだ。他がどんどん事業を見切って新規ビジネスに重心を移す中、もたもたしていたのがここにきて幸いに転じたのか?ある地方でいう「にゃあら百年」。体のあちこちが悪くなっても悪いなりに生きながらえることをいう。最後の1人になれば希少価値。うまくいけば市場独占が巡ってくる。起死回生、救世主現る、となるのか?

記事のテーマ「クール・ジャパン」は、知恵と技術が生み出した製品につけられた敬意あるレーベル。尊い、誠実に努力を続ける人たちがつけた実力が結晶したもの。掛け値なしに尊い。時代を鋭敏に読み取りつつも、流行にむやみに踊らされない地に足をしっかりつけた営み。微妙なバランス、匙加減の大切さを、そして、伝統を失わないことの大切さを考える。ただし、伝統は、固執するものじゃない。

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道はいろいろ

初詣をかねて、ちょっと遠出の散策をした。

近場の有名どころのお寺さんのご近所を、一駅ぶんぐるっと巡ったら、くねくね曲がった辻、悲しい顔した犬、辻地蔵、旧街道、レトロな看板、いろいろ面白いものが見つかった。レストランのランチの値段は上がり、うどん屋さんは健在で、お目当てのピッツェリアはお休み中。

馴染みの自転車屋さんからの道がどこに通じているかで、家人と賭け。踏切Aか踏切Bか?意見が分かれた。ビールを賭けたその結果は。どちらにも通じていたのでした! 道が放射状になっていて、どっちにも通じていたというわけ。仲良く引き分け。起点は同じでも、道は一つじゃなかったんだねぇ。逆から辿れば終点への道も、一つじゃないんだねぇ。

ひさびさに、歩いて気持ちのよい午後でした。

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次なるマイルストーン

過去からずっと手がけていることがあるのだが、どうも視点を定めきれていなかった。

しかし、1年近く放置した後、再び光を当ててみて、ようやく視点が定まった。

これでいく。そうでなくては、面白くならない。

次なるマイルストーンが見えてきた。待っていてくれている関係者に、お詫びしつつ、感謝しつつ、地道に片付けていくことにしよう。いいものをめざして。

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New Year Resolution

2009が明けた。

まじめに働く人が仕事をうしない途方に暮れていて、紛争も一向に終わらない一方で、TVはタレントが食べ物をお粗末な扱うクイズやら、げんなりする番組ばかり並んでいるし、人間性の劣る輩は困窮した人などどこ吹く風で、今年も甘い汁を吸い続けようと反省もなくのうのうとしている。そんな2009年の始まり。

年が変わったからといって、物事にケジメがつくわけもないのだから、当たり前なのだが、どこを見ても、指導力のないリーダーに視野狭窄でおばかな追従仲間と部下ばかりである。

今年、これまで以上に私は一線を画す。上だろうが下だろうが、誰かのわけのわからない私利優先の判断に邪魔されず、「受益者のために、自分の納得のいく仕事」をとことんする。できない言い訳ばかりの輩とは付き合うつもりはない。そんな非生産的な暇はない。2009は終わりと始まりの年になるのだ。

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