Good bye 2008
いろいろな出会いがあった2008年、ありがとう。
1年近くのペンディング案件を今、再訪。
旅立ちの助走だ。
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いろいろな出会いがあった2008年、ありがとう。
1年近くのペンディング案件を今、再訪。
旅立ちの助走だ。
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先日の研究評価の結果について、良品率は約75%。これはかなり恥ずかしい数字ではないだろうか。
できると分かっているものをラボから製造にスケールアップするわけではないことは百も承知。
所詮無理だったのかもしれない。それを差し引いたとしてもやはり、いい加減な姿勢と努力不足が見抜かれた形だろう。
気の毒なのは、そんな中でも誠意のある仕事をしている人、である。誰がいおうと、あなたの仕事に嘘がないことはあなたが一番知っている。あなたはその中で成長した。問題の責任は保身のリーダーとその息のかかったいい加減なメンバーにある。そんななかで独り闘い続けるあなたの仕事と姿勢を讃えよう。誇れ、胸を張れ、次へと進め!
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新聞の書評欄に、題名を覚えていないが、大学の研究教育の質の低下を扱った本があった。その原因がなにかを論じているらしかった。昔はよかった風の記載があった。
雑用が多いとか仕事が多すぎだとかいうことをすぐ言う大学教員が何人も何人もいる。
はっきり言わせてもらうが、所詮、自分勝手をやりたい個人商店なのだから、雑用だろうが何だろうが、するのが当然である。
聞いていると人のせいにばかりしている。現状を変えるのも口だけ挟んで人任せだ。またこういう人に限って、自分は何でも知っていると思っているらしいのだが、古い知識でしかなかったりして実は失笑ものなのだ。
世界は激変している。天上天下唯我独尊を押し通せるのは、よほどの実力者である。あなたはそれほどの実力をもっているのか?謙虚になって自分で事態を変えるために動いたらどうなのだ。
そんなに嫌なら店を畳めばどうですか。
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新聞によると、科学技術振興調整費の研究評価が出たそうだ。
巨額のカネを使ってCとDなどもってのほかだと思うが、全項目Dというのまである。
さて。実は身近にこのお金を使っているところがあちこちいくつもある。はてさて、その実情ときたら、さまざまな意味で、それはひどい。
全項目D大学同様、こんな仕事の進め方が許されるのが「博士」とは嗤わせるではないか。
文科省は、甘ったれている大学を、事が終わった後でなく、最初から締め上げ続けなければダメ。もっと締め上げて良い。何千万の人件費を分不相応な人間に払い、はるかに相応な人を生活苦に押しやっていることか。こんな無駄金の使い方は火急にチェックする時勢でもあるはずだ。文科省の底力を示してもらいたい。
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「仕事の話をしてください」
先日子どもの学校で参加した授業の感想が、手紙と個人新聞の形になって戻ってきた。
ここの子どもたちは、凄い。
こちらの話をしっかり自分なりに捉え、本質的なものを抽出し、自分に照らし合わせて自分のことばで伝えることができる。
数人の大人から仕事の話を聴いたあと、子どもたちどうしで情報と意見を交換してから、まとめたのだ。
ところで、美容院に就活の豆本が置いてあった。これは、店がとある私立大学のキャンパスに近く、大学生がたくさん住んでいる地域だからだが、就職大氷河期となりそうな様相を呈している今だから、何が書かれているのか読んでみた。
あの小学6年の子どもたちなら、どこの企業も今すぐ内定を出すだろう。
すばらしき子どもたち。そしてそれを支えている先生がた。暗い世相に燦めく光を確信する。このこどもたちを大切にすることが、大人の第一の務めだろう。それには、大人が、模範となる行動をする人間になることだ。
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派遣労働者を切り捨てない方針を出した自動車メーカーがでてきた。政府要請に応えたからという受け身な決定ではあるが、これは大変に素晴らしい話だ。
自動車製造以外に、積み残している仕事に入ってもらってシェアすることで、新局面が見つかったり生まれたりすることもあるだろう。苦しいときに苦しさを分かち合って知恵を出す。もてる者は、持っているものを強欲に抱え込まないことだ。経営陣も報酬を自ら返上し痛みを分かち人を支える。それでこそ、人を大切にする経営者だろう。
都合のよいときだけ人を利用し使い捨てるような組織は、法人だろうが下位組織だろうがインフォーマル集団だろうが、劣等極まりない。しかし、一方で、誰も彼も一緒に扱ういうわけにはいかない。誠心誠意、自律した仕事を心がけている人と、そういうひとが稼ぎ出した利益や支払った税金を泥棒しているだけの怠慢な輩を同列に扱っている組織では、寄生虫に乗っ取られ蝕まれ、内出血しつづけ、見えないところで壊疽が着実に進行しており、本来優れた才能をもち意欲もある人を、精神的死・知的死に追いやる。これが社会的犯罪でなくてなんであろうか。
ふさわしい人にふさわしい贈り物のできる分相応の社会にするには、パワーをもつ心ある人が自ら率先して、公正な人の処遇を行うリーダーシップを発揮することと、誰もが、不正・倫理感にもとる行いを見たら、力の不均衡に屈さず指摘し、明らかにして、「許さない」空気を作る心ある人になることだ。
兆しを兆しに終わらせない組織は、きっと生き残っていけるだろう。それは、本気さ加減、真剣さ加減の差である。
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一つの区切りが、ついた。いささか不本意な面はあったが、success、感謝。
何かが終わるときは何かが始まるとき。ここまでにあった出会いを大切にしよう。
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クリスマスはやはり1年を落ち着いて振り返るのにふさわしい。荘厳で清らかな心に思いを馳せるにふさわしい。我が家は、家族でテーブルを囲んでクリスマスの意味を噛みしめる。
救世主といわれる人が生まれた時代、夜は本当に暗かった。闇はとてつもなく恐ろしいものだった。森の光は微かだがその意味は大きかった。
蝋燭を灯すと、ほんのりとその周りが暖かく明るくなる。それだけで、安らかな気持ちが訪れる。
これまでにない暗さになりそうなこのクリスマスに、自らにかかわりのある人びとに対して誠心誠意を尽くすことを、何度でも誓うこととしよう。
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あるクライアントの経営陣は、チャンスを掴むのが下手だ。
この組織は経営理念の浸透すらなされていない。さまざまな所属の人間が集まる機会に、理念を熱く語ることは、どれほど大事なことだろう。ところが、このクライアントでは、なにがあっても、「できない理由」を掲げるだけだ。ではどうしようという行動がまったく見られない。せっかく出資機関から重要人物が出向いてきたというのに、それをきっかけにして前向きに提案し働きかけることすら考えも及ばないようなのだ。
チャンスを掴め。チャンスを活かせ。自分の言葉で語れ。公正さを尊重せよ。
及び腰の経営陣など、経営陣ではない。そんな経営陣のもとでは成せることも成せはしないので、成すべきことが成されていない。なあなあ馴れ合い永久土壌が放置され、質の低い人材・資材調達がはびこる。気の毒なのは、それに騙されるクライアントのクライアントである。
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数々のハラスメント放置に加えて、だらしない委託費や助成金の使い方。
こんな者たちに税金で莫大な給料と小遣いが支払われる。
省庁ぐるみの社会的犯罪である。高等教育者の倫理をとりこぼしなく正すお目付部門や機能や能力が、文科省や関連機関に欠けている。何もしないことも、結果によっては犯罪だろう。
教諭免許更新というのなら、高等教育者もそうすべきだ。公明正大な評価をし、公表する義務すらあろう。事が済んでからでは遅い。プロセスでいつもチェックしなければ、税金を着服しているに等しく、無意味以外のなにものでもない。
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最近知り合ったポスドクが私を呼び止めた。
期限はあるにしても食べていけるだけの給料をもらえる職に就けたのだそうだ!良かった!
とても爽やかな青年だから。パートナーと一緒になったところで、幸先が良い。
違法行為・合法的不正・怠慢ばかり目にしているこの頃であるから、嬉しいことだ。
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自らの役割がてんでわかっていない輩と、そうでない人びとは普段から一線を画している。
前者のような輩に仕事がふられることはない。そういう輩は、自ら気を働かせ、周りを見て自らのありようを察し、その場にふさわしい仕事を作り出すこともない。ゆえに、ぶらぶらしているだけである。
その場は、そうした輩がくっきり目立つところとなるだろう。慧眼の方々よ、とくとご覧あれ。
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ある人材開発コーディネーターのところには、社会人として非常に優秀な高学歴人材が多数集まってきているという。
後ろから研修のようすを見ていて、「こんな人材に仕事がないとは、社会の3重の損失だ」と思うのだそうだ。
やはり、人ひとりひとりの「能力」をきちんと見て判断しなければ。
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ある人材派遣コーディネーターは理系ではない。そこに理系博士の研究職の人がやってきた。使っている言葉がコーディネーターに伝わらない。履歴書も、コーディネーターは理解できないと伝えた。すると、ちぇっと舌打ちして、もういいですと帰っていったということだ。
この話を数人がきいていた。「そんなだから誰も雇いたがらない」
「職種に拘らなければ、仕事はあるのでは」「やってきたことはひとつだけ。それにものすごく拘る」「高学歴にものすごく拘る」
コーディネーターは、手を変え品を変え、それでは通用しないと伝えてきた。
「だから誰も雇いたがらないんだよ」「使えないし、誰も使いたいと思わない」
ケースA。安易な選択と謙虚さの欠如が自ら生み出した苦境と評された例である。
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中小企業が年末に入って資金繰りに困り、従業員に給与を払えないという相談が昨年の10倍にも上るそうだ。大手「優良」企業も首切りの嵐だ。人材派遣業の方の話では、「先日、40歳くらいの研究職の男性に、面談で泣かれてしまった・・・」
同じ地域に、語るも恥ずかしい税金泥棒が文字通り「ごろごろ」している。「できないならお辞めになれば、という数字だ」という、どこかの党首のコメントがそのままあてはまる。
その罪状は大きい。いつか白日のもと、裁かれなければならないはずだ。
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気持ちの良い人たちとまた知り合うことができた。
再会できた人と、新しく知った人がいる。
向上心のある人たちは、接していてとても気持ちが良いのである。
おつきあいするのは、こういう人びとに限る。
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「きみたちのクラスには行きたくないんだ」と仰有ったのは、教頭先生だそうだ。
「みんながあんまり楽しそうなんで、嫉妬してしまうから」
「それでいて、担任の先生のかわりに授業に入ることがあると、楽しくて、もう帰りたくなくなってしまうんだ」
「だからいっそのこと教頭先生はこのクラスに来たくないんだ」
ここは、幸せな公立学校である。来週は、そのクラスにおじゃまする。わくわくするなぁ。
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eラーニングを使うと教育力が上がる。他人からフィードバックをもらえるからだ。
ところが、日本の大学のeラーニング導入推進は、かなりたち遅れているらしい。
とてもいいeラーニング情報を得たが、プレゼンはなんとも「そそられない」ものだった。
そそられなきゃ進まない。
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結局、子どもの言っているのは、自分で決めた道は、藪だろうがぬかるみだろうが砂漠だろうが、転ぼうが壁に当たろうが水たまりにはまろうが、まずは突き進んでみたいと思うが、与えられた道、ゴールが見え見えの道じゃあやる気になんないんだよね、ということらしい。やらされ感に抵抗があるようだ。
実は既知のことでも、謎なぞたっぷりに見え、行き着く先が見当もつかないが、しかし不安にはならずわくわくが先行するような、「そそる」アプローチを、ひとりひとり異なる興味の方向性やレベルに応じてしかけることが必要なんだということなのだろう。
こういってしまえば、当たり前のことなのだが、どうも、当たり前ではないようだ。
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理科は好きになれない。でも科学は好きだ。
これは、こどもから聞いた言葉。こどもに聞くと、理科はもうわかっていることを学ぶ(覚える?)こと、科学は未知を探究することだ、という。
未知を探究するための考え方や方法を学ぶのが理科だろうが、アプローチが、こどもにはしっくりきていないのだ。
こどもの成長ぶりに瞠目。
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電車に乗って本を読んでいた。途中、隣に男性が座った。その方向からなんだかいい匂いが漂ってくる・・・。幾駅か過ぎた頃、ふと隣を見る。思わず、「あ~! ○○さん!!!」
このところご無沙汰してしまっていた旧来の友人の、パートナーなのであった。いい匂いは、彼が大好きで買ったという「芋けんぴ」だった。
勧められるままつまみつつ(同乗の乗客のかた、すみませんね、お行儀悪くて)、かの一家の近況をきいた。
こどもが同年代。関係が難しいという話。父親はどんどん外しちゃうんですよ、と、傑作なエピソードをきかせてくださった。
彼の娘さんがいうには、「うちの家族はすごい!!」
どうすごい?
「おばさんはピアノが弾けるし、ママは英語がぺらぺらだし。」
で、パパは・・・?と期待。
「パパは、のこぎりが使える!」
・・・
彼は大変立派なカウンセラーなのである。「彼女の中でいったいわたしはどういう存在なのか!!!」
・・・
それにしてもいい家族だと思う。心温まるサプライズであった。
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学校と地域のふれあい行事で一足早く餅つき。数百人の子どもたちが参加した。
グラウンドは、遊具使用禁止、ボール遊びも禁止。警護係として、遊んでしまう子どもに声をかける。
普段遊んでいるグラウンド、遊べないのはつまらないだろう。ただ、怪我や餅に砂埃はまずかろう。
残念そうな表情が浮かぶ。しかしこどもたちは至って素直で、即座に趣旨を理解してくれ、そして他のこどもにもそう伝えてくれる子もいた。
遊びたいなら、羽子板やコマで昔遊びをやってみないかと促すと、眼を輝かせ、10人くらいでわらわらっとそのコーナーへと駈けていった。
なんと素直なまっすぐなこどもたち。身を切るような冷たい寒風に曝された警護も、我が子の学校のこどもたちのすばらしさを再認識する機会になった。お餅ももらって、いい休日だった。
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真性の大正モガ。大叔母の訃報が届いた。幼稚園時代と学生時代、特に近くに住んでいたので沢山お世話になり、最近の無沙汰を申し訳なく思っていた大叔母である。
結婚前に近所の写真屋に駆け込み、独身時代の記念にと、ぱっぱと服を脱ぎ始め、オールヌード写真を依頼。店の主人は腰を抜かし、奥さんに撮影を頼んだとか。
結婚して大陸に移り住み、敗戦で帰国。しかし、常におしゃれで、はっきりしていて、お金があるときもないときも、毅然とした女性だった。夫の死後も、1人住まいを通した。もちろん息子と娘が行き来していたが。
4ヶ月の入院後、穏やかに亡くなったという。この年なら死ぬのは当たり前なんだからと、密葬を望んだ。位牌は生前の住まいに1人いるという。それも本人の希望だった。
どこまでもモダンガール。なんとあっぱれな女性であることか。
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バスに、ベビーカーと一緒に家族連れが乗り込んできた。
しばらくして気づいたのだが、若い両親はろうあだった。手話で楽しそうに話している。
幼な子の声がときおり聞こえた。この子は聞こえ、話すのかもしれない。ならば、この子が言葉を覚えるために、ご両親は工夫を重ねていかれるんだろう。それはきっと大変なことに違いない。今まで考えたこともなく創造もつかないが。この家族に、この幼な子に、よいサポートが集まるように。
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昔から、企業は営利活動、役所や大学は公益活動とみなされているように思える。しかし、今、実態は逆転してはいないか。
現代の優れた民間人、民間企業は、利潤のみを追い求める強欲商人や組織ではない。社会的な問題解決を果たす手段として、利益目標の達成を据え、計画し管理しているのだ。利潤追求のための活動に社会や環境に対する負の行為や影響があってはいけないことはもはや常識であり、優れた企業は、そのことに最もセンシティブなはずだ。(もっとも、弱者を切り捨てていく「優良企業」が後をたたない。痛み分けを説得できる経営者はいないのか。)
さて視線を転じてみる。
先日、「今、役人が盛んに叩かれているが、役人のプライドを傷つけ逆効果だ」と言った上級大学教員がいた。生活に一点の曇りも心配もない待遇の人が、今このとき、このようなことを言うことこそ恥ずかしい。弱い者を切り捨てて保身を擁護するとは、その専門分野が泣くというものだ。今、巷間で、どれだけ多くのひとがまさに困窮し、明日を不安に思い心細く思い、あるいは先が見えずに苛立っていることだろうか。安定した生活を享受する者が、こうしているこの時間も安寧を決め込み、責任ある仕事をせず、生産性の低い仕事で税金を無駄にしているというのに、怠慢者のプライド擁護云々を論じるなど、言語道断である。安寧ぼけ、平和ぼけしている。
「研究者に高潔さを求められても、人間だから無理」と言い放った自然科学系上級大学教員もいた。端から努力しようという気が感じられないし、そうしなくていいと本気で思っているらしい。こういう例は数多く、さまざまな偏見に基づいて繰り返されるハラスメントは、ただ表に出ていないだけだ。
私利追求組織の誹りを受けるべきは、もはや企業ではない。企業には今、消費者や市場・社会から厳しい監視が働き、厳しいフィードバックが利益、そして企業生命の存続という形で返ってくる。しかし、役所と大学にはそれがない。監視はざるの目、世間は極甘。自省・自制する厳しさも圧倒的に足りない。
仕事力とは、能力×意欲×考え方 で導き出せる。考え方とは倫理・法律の遵守、公正さ、誠実さ、社会的に正しく考えること、である。どれだけ能力と意欲が高かろうと、最後が0に近ければ、業績は0だ。この点で、どれだけ自らを誇れるか、組織として個人として、振り返ってみる。「組織は人」だからだ。腐敗した人間には、私はなりたくない。
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外野だから見えるものがある。21世紀に入って10年を見ようというのに、クライアントは最後ともいえるチャンスを逸した。
クライアントの明日は変わり映えしなさそうなことがわかってきた。
これまでにかけた年月とこれからの年月を足してみても変化が期待できない。となれば、完全に体質改善失敗だといえなかろうか。ものごとに対応する厳しさが欠け続け、メタボ組織を造ってしまった。もはやリスク領域を超えた。繰り返される様々な法律遵守違反の蔓延など、重篤な病態を呈している。これはひとえに内部の各人のセルフコントロールの問題だ。コントロールできる優れた人もいないわけではない。しかし、悪貨は良貨を駆逐する。できる人は自ら、あるいはやむを得ず、去っていってしまう。
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業界文化というものがあるのは、至極あたりまえのことかもしれない。嗜好の似通った者がその業界を形作りいろいろな規範を作り上げ、いわば類が友を呼んでその世界をつくっているのだから。
しかし、判で押したように、過去に別の場所で接触したあのひとも、今日のこのひとも、右へ倣えと、同じような格好をし、同じような話し方をし、同じような人との接し方をし、あまりに没個性的な雰囲気が漂うとなってくると、個人的にはなんだか気持ち悪さを感じてしまう。1人1人、もっと個性的であっていいはず、違っていいはずではないのか。
こう感じた場所は、普段つきあいのないある業界の催し。
その「場」は、このように個人的な期待感が下がったところから始まってしまった。まず流行りの脳科学の話。驚いたことに、生データの提示と自説の繰り返しに終始していて、全然面白いと思えず。めりはりがなく冗長な言葉の羅列と、自分は分かっているというひとにありがちな説明だった。
その後は「認める・叱る」といった、人の評価に絡んだ話で、温度x計機能は、目盛りが上昇するばかりではだめ、下降方向も測れなければ温度計とはいえない、というような喩えがあった。下降方向の測定でちょっとした工夫をする「温度計」は、なかなか示唆に富み、中身があった。密度高く得るものが大いにあった。
2つの話の面白度のコントラストは多大なる示唆を与えてくれたが、もう一つの示唆は、「あなた、困っているでしょ、困っていることが何か、あるでしょ。あなたの力になれるんです、わたしは。わたしたちは」というメッセージを放射しているひとがいたことだ。実は、これも少々気持ちが悪かった。押しつけないでもらいたいのである。こちらが救いを求めたときに初めて、「あなたに真剣に対峙し続けるという、厳しい覚悟で臨む」とわかるように応えればいいのではないだろうか。「これっていいものなんですよ!」と力説されても、こちらは必要としていないのである。「奉仕」といって回ってくる宗教グループの個別訪問に対して感じるものに近い感覚を覚えた-これは、親切の押し売りだ。
そこから連想したのが、「あなた、わかってないでしょ、わかってないことが何かあるから、ここにきたんでしょ」というメッセージを自分が普段放射してはいないだろうか、ということだ。反省。そのひとの事実をありのままに見られるよう、心がけたいものだ。
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