夏休みのジレンマ
夏休みというのは、ジレンマの時期だ。なぜならば、こどもが家にいる。
職住極遠、両実家も遠い、ご近所さんに迷惑ばかりかけられない、世間は物騒、とくれば、留守番もおちおちさせていられない。そんなにしてない習いごとだが、それでも大人の活動時間とは実にちぐはぐな時間に外出、となる。
なぜかこの国では無視されているのは、実はこどもにとって一番危うい年齢は、小学校高学年から高校くらい、思春期あたりだということだ。今、17歳の事件だの、14歳の事件だの、と騒がれる。これはやはりどれだけこどもが身近な大人に大切にされていないかを象徴していると思う。
この夏、子どもが実家にいる間にある映画をみた。腕利きシェフが、事故死した姉の娘を預かることになるが、学校に迎えに行くのを忘れて、「忘れてたんでしょ、邪魔なんでしょ」と指摘される。この子のやることなすこということが、我が子にそっくりだったのだ。そこに「パパは専業主夫」。子どもの本だが、ここにまた身につまされる家族生活が。実家から帰ってきた娘を駅に迎えに行くと、映画の子どもとおなじことをいう。「帰りたくないな~って思ってたけど、お母さんを見たらやっぱり家がよくなっちゃった」というのだ。それから出るわ出るわ、「お母さんは一緒に遊んでくれない」「話をしても上の空」・・・
秀逸な絵本「仕事をとりかえただんなさん」と合わせて読めば、家族が家族といえ、子どもが大事にされる生活とは、どんなものだかが浮かび上がってくるだろう。こどもは本当に大変な生き物だ。しかし子ども嫌いの私ですら、彼らをまっすぐにひととして成長させるのは、まずは親(母親ではない)、そしてその外側に拡がっている世界の大人の責任だと思うのだ。
一つ言えるのは、仕事だけしかしてこなかった人は、20世紀にはどう評価されたにしても、今はもはやダメ人間の部類だろうということ。これだけ社会と人を歪ませてしまったわけだ。贖罪して奉仕すべき人たちだ。いろいろな立派にみえる議論のうしろに、大人のご都合だけが透けて見える。
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